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京都平成武師道百師会
 
平成武師道京都百師会 師長 山口貴史
平成武師道京都百師会 師長 山口貴史
1959年生まれ
平成武師道京都百師会 師長
医療法人明貴会 理事長、山口歯科医院、MTI京都インプラントセンター総院長
歯科医師
日本口腔インプラント学会認定 専門医
  ドイツ国際インプラント学会(DGZI)認定医
厚生労働省歯科医師研修施設 指導医
日本拳法 和剛塾 塾長

著書「インプラント治療のすべてはわかる本」 他、国内外論文多数

趣味 武道、武術、波乗り 散歩

武士道から武師道へ
私たち京都平成武師道百師会は、平成一九年四月、佐竹雅昭総合打撃道総長の呼びかけに応じた四名の同志よりスタートしました。現在の日本の文化の崩壊に危機感を感じた総長の、日本の未来を救う為には、先人が残した武士道の復活以外にないとの強い信念に共鳴したのです。

武士道と言うと、第二次世界大戦において、軍部が統制をとるために曲解し利用した為、現在においても右翼的なイメージが先行し、アレルギーを持っている方も多くおられます。しかしながら、日本の歴史の表舞台、文化を作ってきたのはまぎれもなく武士達もしくは武士的なるものであったのです。

我々は「封建日本」の中に歴史的日本を見、「不条理な忠誠心」や「血なまぐさい好戦的な愛国心」を除いた「道義性」を日本の心と捉えています。平和時で、武士階級の存在しない現在にこそ「武士道」を日本的な理性に高め、「武士道=理想日本への道=武師道」として確立しようとしているのです。

武士道は生まれ故郷は8世紀初めの陸奥(東北地方)であり儒教、神道、仏教、の思想的影響を受けながらも独自の文化を形成していったのです。儒教からは、「仁、義、礼、智、信」と言う五常(五つの普遍的徳)及び「君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友、」と言う五倫、を見出した包括的な倫理体系が武士道の道義、礼節に関して大きな影響を受けました。 日本、特に武家社会においては本家中国や韓国よりも深く生活に浸透していたと言えます。これは武士の求めるべき思想が、儒教と合致していたため発祥した本国よりも日本で、武家を始まりに一般社会に浸透していったのです。

神道からは主君に対する忠誠、祖先に対する尊敬、親孝行の心において、影響を受けました。神道の自然崇拝は愛国心を、祖先崇拝はそれを辿ることにより、皇室を国民全体の祖としました。仏教からは特に禅の思想の影響を受けました。運命を受け入れ平常心を保ち生に執着しない。禅とは言語では理解できない領域に座禅の瞑想をもって到達しようとするもので、武道の精神的な極意を悟る為の行為でもあります。しかしながらもっとも大事なことは所作言動が武士として、正しいか正しくないかを、吟味され続けられたと言うことです。

平安、鎌倉、室町、においても武士道は吟味されながらも形を変えていきました。応仁の乱を経て、百年続いた戦国時代において、武将の内五人に三人は戦死し、武家の当主が五代連続で戦死することもめずらしくなかった、すさまじい時代を経て、武士として独特の倫理、死生感を得ることとなったのです。戦国が終わり、平和な江戸中期になり治世の武士道として、「山鹿素行」らにより、完成され華開いたのです。

武士道は、「日本的な組織管理システム」とし有効に機能し、組織を腐敗から守り264年間もの間徳川幕府と言う政府を守ってきたのです。勿論どのようなシステムも長く続けば疲弊し時代に取り残されてゆき、やがて崩壊します。しかし黒船に代表される外圧がなければ江戸幕府は、もっと長く続いていたでしょう。

欧米列強の帝国主義による世界の植民地化が進み、隣の清国等は列強に、いいように食い荒らされてしまいました。日本の武士達は下級武士を中心としてこれに危機感を強め攘夷思想となりました。尊王攘夷運動が高まり坂本竜馬、西郷隆盛、桂小五郎などの維新の英傑たちがあらわれ、武士道も皇道的となり、江戸期とは異なった形になりました。和魂洋才と言った国家的イノベーションがそれにより可能となり、明治維新に滑り込んだのです。日本は武士道によるドラスティックな変革を受けいれたことにより植民地化をまぬがれたといえます。

明治維新を迎え武士階級の消滅と共に武士道は事実上なくなってしまったわけですが、その哲学や精神は消えてしまったわけではありません。明治後期辺りまでは脈々と生きづいていました。昭和に入り、軍部が力を持ちすぎ、軍国主義が顕著になり軍部独裁となり武士道を曲解し利用して、多くの若者を死地に送り込んだのです。葉隠における、「武士道とは死ぬ事と見つけたり」と言う言葉を独り歩きさせ独裁者である軍部が若者たちを死に追いやったのです。武士道とは決して死を強要するものでもなければ、独裁者の言いなりになるものでもありません。各人が剛直な精神を持ち、正しい哲学の基に善悪の判断基準をしっかり持つ事が大事なのです。

武士道とは死ぬことと見つけたりの後には、「死を覚悟することにより様々なしがらみから、精神的な自由を得、家職をつつがなくまっとうできる。」と続いているのです。すなわち「武士道とは強く生き抜くことと見つけたり。」といっているのです。

新渡戸稲造はベルギーの法学者ド ラヴレーの「日本人は宗教教育を受けていないのにどうしてそんなに礼儀正しく道徳心があるのだ」と言う質問に愕然としました。考えてみれば自分の子供のころからの人の倫、善悪の判断等は武士道に基づくものであると気がつきました。彼の著作である、英文「武士道」(Bushido The Soul of Japan)はロンドンとニューヨークで同時発売されその後7日国語に翻訳されベストセラーとなりました。

日本の武士道は国籍、人種、宗教に捉われず普遍的に受け入れられ、日本の文化の花というべきものです。我々は精神文化としての武士道、肉体文化としての武道は「車の両輪」のような物と捉え双方を探究するのは基本的スタンスです。

武道に関しては、佐竹総長自ら指導に当たる武師道会員のみのクラスが佐竹道場において、用意されており、経営者の皆様にも無理なく素晴らしい技術が学べる内容となっています。精神文化としての武士道は現代の日本の社会情勢、特殊性など鑑みそれに適合すべく、武師道として確立するため、月例会の勉強会において18項目の徳目を制定し吟味をかさねています。

私たち平成武師道京都百師会は百人をもって定員とする、志の高い同志をもとめております。
是非「義」に篤い方々に集まっていただきたいものです。


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